No.5〔終活ノススメー2026.4.5〕
院長ブログ5〔終活ノススメ〕
今、「終活」が話題になっています。終活とは、「人生の終わりのための活動」の略であり、人間が自らの死を意識して、人生の最期を迎えるための様々な準備や、そこに向けた人生の総括を意味している言葉です。2009年に週刊朝日編集部が、就活や婚活になぞらえて作った造語だそうです。
それではまず、何故、今終活が必要なのかを考えてみたいと思います。人の死にはいろいろな形がありますが、間違いなく言えることは、「人は必ず死ぬ」ということです。今日本では、少子高齢化が世界に類を見ない速さで進行しております。今後、少ない若者が大勢のお年寄りを支え、そして看取っていく構図が見えてきます。親が死んだときにしなければならない儀式や手続は、お通夜・お葬式をはじめとした宗教的儀式、各種の行政手続や相続の手続など多岐にわたり遺族を疲弊させます。その上、少子化により、子供が看取りのお世話をする親たちの人数もふえてきます。例えば一人っ子同士が結婚した場合には、その双方の両親4人の終末期や看取りの世話をする必要が出てきます。こうした子どもたちの負担を少しでも軽くしようというのが、人生の終わりのための活動すなわち「終活」です。
「終活」は、「エンディングノート」を書くことによって、これまでの自分の生き様を振り返ることから始めて、老後のお金の収支計画、老後の医療・介護の計画、お葬式・お墓の決定、遺言書の作成、そして遺品となるものの生前整理をすることなどからなります。「終活」の主たる目的は、子どもたちの負担を軽減することですが、来し方を振り返ることにより、残された人生を有意義に過ごすきっかけとなることにもつながります。しかし、「終活」も自己中心的な考えから実行すると、自分の老後を悲観して絶望感に陥ったり、子どもたちに争いの種を残したり、子どもたちのグリーフケア(悲しみのケア)を妨げるようなことにもなりかねません。では、どのような気持ちで「終活」に望んだら良いのでしょうか。
まず、「三方善し」を考えることです。つまり「自分」、「子どもたち」、そして「第三者(他の親族、地域社会・国家、精神的恩人など)」のことを考えるべきです。自分達のことだけを考えていると周囲から浮いてしまい、将来子どもたちが困ることにもつながりかねません。
子どもたちが真に幸せになることとは何でしょうか?それは、お金より「徳」を残すことだと思います。中国の古典の『易経』に「積善の家には必ず余慶あり(善を積んだ家系には、必ず良いことが起きる)」とあります。争いの元になりかねない「遺産」より余慶の元になる「遺徳」を残せるように、余生を「積徳」の時間に費やすべきでしょう。さらに、今一度親・祖先の心をよく思い返して、自分には親・祖先から多くの「借財」があるという自覚と、今あるのは親・祖先の「献身のお蔭」であるとの感謝の気持ちを持ち、自分が受けた恩恵を子どもたちや周囲に返済していく人生を送ることを誓う必要があるでしょう。その上で、自らに与えられた「天命」を自覚して、自分の使命を果たしていくことが必要でしょう。そうしたことが、残された人生を有意義に過ごすことにつながると思います。そして社会に対しても、積極的に貢献できる人間になれるように努力することが大切です。
人生は長いようであっという間です。特に年をとるほど1年1年が短くなっていくことを自覚します。また、事故や急病で突然人生を閉じなければならない事態も起こり得ます。「終活」には何時からという縛りはありません。残された時間を無駄にしないためにも、今すぐ「終活的な考え方」を持つことが必要であると思います。
私ども三友会は、病院はもちろん、老人保健施設、特別養護老人ホーム、あるいは在宅のいずれにおいてもご本人・ご家族が希望される場所における看取りをお世話できるようにしております。人生のフィナーレをいかに飾るかについて、今一度考えてみてください。(令和8年4月)
